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東京高等裁判所 昭和63年(ネ)435号 判決 1988年5月31日

控訴人(附帯被控訴人) 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 安西勉

被控訴人(附帯控訴人) 越後産業株式会社

右代表者代表取締役 草間幸夫

右訴訟代理人弁護士 鎌田隆

荒川良三

主文

一  控訴人(附帯被控訴人)の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人(附帯控訴人)は、控訴人(附帯被控訴人)に対し、金七〇万六六六七円及びこれに対する昭和五九年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人(附帯被控訴人)のその余の請求を棄却する。

二  被控訴人(附帯控訴人)の本件附帯控訴を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その一を被控訴人(附帯控訴人)の負担とし、その余を控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

四  この判決は第一項1に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)

1  原判決を次のとおり変更する。

被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)は控訴人に対し、金三〇八万三三三三円を支払え。

2  被控訴人の本件附帯控訴を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人に負担とする。

4  仮執行宣言

二  被控訴人

1  控訴人の本件控訴を棄却する。

2  原判決中、被控訴人敗訴部分を取り消す。

3  控訴人の請求を棄却する。

4  訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決事実適示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決五枚目裏七行目の「税務会計相談のほか」を「税務会計相談をするほか」に、一一枚目裏八行目の「徐した」を「除した」に訂正する。)。

一  控訴人

1  税理士という職業は、その経済的な基盤を依頼者に頼っている反面、その税務事務の処理を通じて依頼者の収支を管理し、経営を指導するなどの社会的な使命をも負っているものであるから、本件のような税理士顧問契約においては、たとい期間が定められていない場合であっても、相当な理由がなければ民法六五一条による解除はできないものであり、まして本件契約は、期間、それも極端に長くはない五年という期間が定められているのであるから、余程の理由がなければ解除はできないものと解すべきである。特に、本件契約においては、当事者の一方が期間満了をもって解除するには、満了六か月前に相手方に対して合理的な理由を明示してその旨を通知しなければならないとされているのであって、このように期間満了の解除にさえ合理的な理由が必要とされているのであるから、期間内における解除にはより一層相当な理由が必要とされるべきである。

2  本件契約は、有償であるうえ、期間を五年と定められているから、受任者たる控訴人の利益のためにも締結されたものというべきである。

3  仮に、本件契約において、期間内の被控訴人の解除権が放棄されていないとしても、被控訴人は、控訴人が本件契約の継続を希望していたにもかかわらず、これを一方的に解除したものであり、これが控訴人にとって不利な時期になされたものであることは明らかであるから、被控訴人は控訴人に対し、民法六五一条二項による損害賠償の義務がある。そして、その賠償額は、本件契約が継続していたならば控訴人が受けたであろう金額、すなわち、本件契約に基づく主位的請求額と同額となるべきものである。

4  原判決五枚目表六行目の「本件契約」の次に「及び予備的に民法六五一条二項による損害賠償請求権」を付加する。

二  被控訴人

1  控訴人主張の右一1は争う。

本件契約に期間の定めがあったにしても、委任契約は、本質的に当事者間の信頼関係を基礎としているものであるから、その信頼関係が失われたとき当事者双方は、民法六五一条一項によりいつでも解除しうるのであって、このことは委任の本質から導かれることであり、したがって、余程の合理的理由がなければこれを制限することは許されないものであるところ、期間の定めのあることをもってしては、未だ右の解除権を制限するに足りる合理的理由とはいえない。

2  同一2も争う。

3  同一3も争う。

民法六五一条二項にいう「不利な時期」とは、委任事務処理自体との関連において相手方当事者に不利な時期をいうのであって、被控訴人が、相手方たる控訴人が本件契約の継続を希望していた時に解除したからといって、それが右にいう「不利な時期」に当たるものでないことはいうまでもない。

また、同条項にいう「損害」とは、解除自体から生じた損害ではなく、解除の時期が不当であったことから生じる損害をいうのであるから、控訴人が主張するようなものが右にいう損害に当たるものでないことはあきらかである。

第三証拠《省略》

理由

一  被控訴人の本訴請求に対する当裁判所の判断は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の理由説示(ただし、二一枚目裏四行目まで)と同一であるから、これを引用する。

1  原判決一三枚目裏四行目から一五枚目表三行目までを次のとおり改める。

「3 本件契約は、税理士たる控訴人が被控訴人のために税務代理、税務相談、財務書類の作成、会計帳簿の記帳の代行等税理士法に定める事務及びこれに付随する会計事務を行うことを内容とする委任契約であり、委任者たる被控訴人の利益のために締結されたものであることは明らかである。

しかして、委任契約は、一般に当事者間の信頼関係を基礎として成立し存続するものであるから、当該委任契約が受任者の利益をも目的として締結された場合でない限り、委任者は、民法六五一条一項に基づきいつでも委任契約を解除することができ、かつ、解除にあたっては、受任者に対しその理由を告知することを要しないものである(最高裁判所昭和五六年(オ)第四七号昭和五八年九月二〇日第三小法廷判決)。

控訴人は、本件のような税理士顧問契約については、税理士という職業の経済的基盤やその社会的使命等に鑑み、相当な理由がなければ契約を解除することはできないものである旨主張するが、民法六五一条一項に基づく解除については、受任者の利益をも目的とした契約の場合ならともかく、格別の理由を必要としないことは、その規定上からも明らかであり、控訴人が税理士顧問契約の特質として主張する事由も、同契約が受任者の利益をも目的としたものであることを理由づけるものとは解し難いから、右の主張は失当である。本件契約に控訴人の指摘するような条項(当事者の一方が期間満了をもって解除するには、その六か月前に相手方に対し、合理的な理由を明示してその旨を通知しなければならない旨の条項)が存することも、右の判断を左右するに足りない。

また、控訴人は、本件契約は有償であるうえ、期間が定められているから、受任者たる控訴人の利益のためにも締結されたものというべきである旨主張する。しかしながら、委任契約における受任者の利益とは、委任事務処理と直接関係のある利益であること、すなわち、委任事務の遂行によって受任者に生じる利益であって、受任者がその利益を享受することにつき、委任者がこれを承認しなければならない何らかの関係の存在するものであることを必要とするものであると解されるところ、受任者である控訴人が委任者である被控訴人から支払を約束されている報酬は、受任事務遂行の結果、その対価として受領するものであるから、右にいう受任者の利益とは認められず、また、期間の定めについても、その定めのあることにより、当事者双方にとって有利、不利となる場合がそれぞれ生じうるのであって、期間を定めたことそれ自体が直ちに受任者の利益の有無に結び付くものではなく、期間の定めのあることが先に述べた受任者の利益に当たるとは解されないから、右の主張も失当である。

なお、控訴人は、本件契約の期間内は委任者において解除できない旨、すなわち、期間を定めたことにより委任者は民法六五一条一項に定める解除権を放棄した旨主張するかのごとくであるが、委任契約において、委任者が契約をいつでも解除できるということは、委任契約の本質であり、特に本件契約のように、委任者の利益のみを目的とし、かつ、専門的判断を要する事務を内容とするところから当事者間の信頼関係が特に重視されるべき契約においては、委任者の右解除権を保護すべき必要性が特に大きいものであることに鑑みると、委任者がそのような委任契約の本質的な権利を放棄したと認めるには、単に期間の定めがあったというだけでは足りず、当該期間中契約が継続しなければ委任契約の目的を果たすことができない場合である等、委任者において特段の事情でもない限り約定の期間が満了するまで契約を継続させる意思を有していたと認めるべき客観的・合理的理由のある場合であることが必要であると解されるところ、《証拠省略》によれば、被控訴人は昭和五二年二月不動産の建売り及び仲介等を目的として設立された会社であるところ、昭和五三年一〇月ころ、被控訴人代表者代表取締役の草間幸夫は、被控訴人の事務所から徒歩で数分の所にある控訴人の事務所を初めて訪ね、それまで面識のなかった控訴人に対して同年度の決算書の作成を依頼したのを契機としてその後本件契約を締結するに至ったこと、本件契約の期間を定めるに際し、右草間は、被控訴人は設立後間もない会社であって将来への確実な見通しが立てられていなかったうえ、契約締結に同席した越後住宅株式会社代表者の岩崎新太郎から、様子を見てから期間を決めるようにとの注意を受けたこともあって、控訴人より示された五年の期間をたやすく受け入れることのできる状況ではなかったが、控訴人から、期間については余りこだわることはない等との説明もあり、結局、控訴人より提示されたとおりの期間とすることを承諾したものであること、控訴人は、被控訴人以外からも同様の事務を受任していて、本件契約の事務に専従していた訳ではなく、また、契約の期間は、おおよそ三年ないし五年と定められるのが多かったが、五年とするのは少なかったこと、が認められ、右の認定事実により明らかな本件期間を定め経緯、右期間の長さ及び先に見た本件契約の目的となっている委任事務の内容等に鑑みると、本件契約の期間の定めに際し、被控訴人において特段の事情でもない限り右の期間が満了するまで契約を継続させる意思を有していたと認めるべき客観的・合理的理由があったとは認められないから、本件契約において被控訴人が期間内における前記解除権を放棄したとは認められない。

よって、この点に関する控訴人の主張もまた失当である。」

2  原判決一八枚目裏一〇行目の「そこで」から一九枚目表二行目までを、「更に、《証拠省略》によれば、報酬規定上は、顧問報酬と記帳代行料の最高額は同額とされていることが認められ、以上の諸事情を総合すると、昭和五五年度の記帳代行報酬の相当額(月額)は、右顧問報酬額と同額の五万円と認めるのが相当である。」に改める。

3  原判決一九枚目表四行目の「三〇万円」を「六〇万円」に、同五行目及び裏一〇行目の「五四万円」を「八四万円」に、同一一行目の「二〇万六六六七円」を「五〇万六六六七円」に、二一枚目表二行目の「二万五〇〇〇円」を「五万円」に、「一〇万円」を「二〇万円」にそれぞれ改める。

4  原判決二一枚目裏四行目の次に行を変えて、次のとおり付加する。

「五 控訴人は、仮に被控訴人のした本件契約の解除が有効であるとしても、右解除は控訴人にとって不利な時期になされたものであるから、被控訴人は控訴人に対し、民法六五一条二項による損害賠償の義務があり、その賠償額は、本件契約が継続していたならば控訴人が受けていたであろう金額、すなわち、本件契約に基づく主位的請求額と同額である旨主張する。しかし、同条項にいう相手方のために不利な時期とは、事務処理自体との関連において不利な時期をいい、また、同条項にいう損害も、時期が不当であったことから生じる損害をいうものと解されるところ、本件全証拠によるも、被控訴人のした本件解除が、控訴人の事務処理自体との関連において控訴人に不利な時期になされたとも、解除の時期が不当であったことにより控訴人に損害が生じたとも認められないから、控訴人の右主張は失当である。

六 以上によれば、控訴人の本訴請求は、昭和五五年度の記帳代行報酬及び決算報酬のうち五〇万六六六七円と昭和五六年二月分から同年五月分までの記帳代行報酬二〇万円の合計七〇万六六六七円並びにこれに対する本件訴状送達の後である昭和五九年五月一日から支払済みまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右の限度で認容し、その余は失当として棄却すべきものである。」

二  したがって、右の当裁判所の判断と結論を一部異にする原判決は一部不当であって、本件控訴は一部理由があり、本件附帯控訴は理由がない。

よって、本件控訴に基づき原判決を主文第一項のとおり変更し、本件附帯控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村岡二郎 裁判官 鈴木敏之 滝澤孝臣)

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